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尊敬するディーラー

銀について書くと公言しましたが あまりにも調べる事が多過ぎて まだ半分くらいしか出来ていません。今日中にどうにか..と思っていますので もう少々お待ち下さい。

無駄話しをさせて頂きます。
私は1988年にイギリスへ来て 1989年から某英国系銀行のディーリングルームで外為・オプションセールスの職を得ました。<国際的な銀行>とは名ばかりで 当時のディーリングルームにイギリス人以外の職員は 約数名、日本人ゼロでした。面接に辿り着く前に 知能テスト、適性テスト、数学のテストを受けました。全て 英語のテストですので 適性テストに一番気を使いました(辞書持込禁)たぶん 凄く合格レベルが低かったようで 数日後にテストは全てOKだったから 面接に来てくれとの連絡。国際外国為替部セールスヘッド(単なる酔っ払い)、スポットヘッド(単なるデブ)、総務のおじさん(ちょっと危ないイメージ)あと セールスのNo.2の女性(引きつってる笑顔)と面接。面接は得意ですので スイスイと切り抜け やっと1ヶ月後に就職決定 

当たり前と言えば当たり前なのですが 当時は(今でもそうだと思いますが)ディーリングルーム=男だけの部屋 という感じで、トレイダー・セールス合計で200名くらいいるのですが そのうち 女性は 私を含む8名 セクハラが酷いけど そんな事 気にしてたらここでは仕事出来ないわよ と同じデスクの女性に警告を受けました。流石に 日本人はテレビの上でしか見た事ない(1989年ですから)人達ばかりで 誰も話しかけて来ない(笑)

やっと朝の通勤がスムーズにいくようになった1週間後 事件発生 英系銀行ですので ケーブル(=ポンド/ドル)のプライスは 常時 ブローカーに流していました。現在は プライスは電子化されてますが 当時は ブローカーさんの声が聞こえるBoxが 各トレーダーの机に数個置いてあって そこから プライスを貰ったり出したりしておりました。ある昼前のまったりとした時間 ケーブルのブローカーボイスから ”リチャード、ケーブル100本(1億ポンド)プライス出るか?” リーチャードと言うのは シティーでも知らない人がいないほどのトレイダーです。当時は5本(500万ポンド)が通常のプライスでした

リチャード ”100本?それ フルか?”(後で説明します)
ブローカー ”ちょっと待ってくれ、聞いてみる” そう言って ブローカさんは 100本プライスを聞いている相手方の銀行に フル プライスか否か聞きました。
ブローカー ”リチャード、フルじゃないそうだ。400か500本欲しいけど それじゃプライス出すの無理だろうから 100本づつに分けるって言ってる”
リチャード ”400?  マジかよ?400がフルなら出す事は可能だけど クレジットリミットの問題がある銀行だったら 困る(でも相手の銀行名は聞けない)
ブローカー ”クレジットリミットだったら 大丈夫だと思う。ちゃんとした規模の銀行だ” 
それから 何度かブローカーさんとのやり取りがあり 
ブローカー ”リチャード、100本 NOT FULLでプライス出して貰えるか って相手方が聞いてるぞ”
リチャード ”両サイドのプライスだと かなりワイドになるから 方向言って貰えれば ベスト・フィルでDoneするって言ってくれるか?”
ブローカー ”聞いてみる....いや サイドは言いたくないらしい。”
結局 かなりワイドで100本プライスを出し 相手方の銀行は リチャードのプライスをMine(ポンド買い/ドル売り)して行きました。売買成立後 ブローカーから 相手方の銀行名が伝えられます。驚いた事に その銀行は 某日系銀行ロンドン支店でした。

そこで リチャードは ”おい、そこの日本人(私の名前なんて覚える気もない)XX銀行へ電話して 今すぐ この日本人のディーラーに 残りの玉 プライス出すからって言ってくれ”
言ってくれって 言ったって シティーに来てまだ一週間、日本にいた時も 丁稚だった私なんかが 当時は10本プライスも滅多に飛び交わないマーケットで 100本プライス聞いてくる人に電話出来ますか?っっちゅ~の...仕方なく電話して 事情を説明したけど 当のトレイダーさんはチーフディーラー、得体のしてない日本人丁稚とは話してくれませんでした。

それから 約6年が経ち 私も少しづつ 仕事に慣れ、ロンドンからマーケットレポートを毎日書いて 大蔵省(当時)・日銀・各銀行・証券・生保・商社・メーカー等へ送るようになりました。そのレポートを そのポンド100本オジサンが読んで下さっていたそうなんです。日本へ出張した際 はじめて御対面。口下手で 外部の人とは話さない方でしたので かなり気を使いましたが それ以来 毎日のように電話で情報交換をさせて頂きました。その方 曰く ”プライスの画面をじぃ~っと見るんだよ。ずぅ~~とだよ。そうすると 画面が俺に 売りだよ、買いだよ って 言ってくれるんだ。” その方の影響は かなり大きく それ以来 私はずっと画面を眺めて 相場観を養って来ました。ただ やはり 凡人の私ですので かなり間違った<相場観>を画面は私に囁いてくれますが...

その方に ”1989年のあの100本プライスの時 どうして 400本フルで聞かなかったんですか?”と質問した所 その方曰く、”リチャードには 400-500本フルって言ったけど 本当は800本やる気でいたんだ。でも ポンドのマーケットは物凄く小さい。ロンドンがいる時間ならいいけど、ニューヨークが閉まり ニュージーランドが開く狭間の時間帯だと 100本は絶対に さばけない。もし 800本ポジションを持っていて ダメだ、投げようと思っても アジアじゃ 100本が限界。だから せいぜい 限界の4・5倍があの当時の最大限 持てるリスクだったんだ”との答えでした。

繰り返し申し上げますが 1990年代で それだけ(400本とか)動かせたのは ソロス氏をはじめとする著名なヘッジファンドや 中銀など ほんの限られた人達だけだったと思います。ある日系銀行のチーフディーラーが それだけの金額を自信を持ってTradingする 今でもこの方への尊敬の気持ちは 全く変わりません。
[ 2007/05/14 20:14 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)
こんばんは 行間を読み違えてましたら失礼かもしれませんが、N20様は女性の方だったのですか?今まで男性の方とばかりかんちがいしてました・・・
勝手に思い込んでいたのかもしれませんが、敏腕ディーラー=外人の間でも物怖じせず自分の意思を表現できる方と勘違いしていました。
気軽にロンドン遊びに行きますね!なんていいづらくなってしまいましたが、今後ともよろしくおねがいいたします。
[ 2007/05/14 20:51 ] [ 編集 ]
所長様 今日わ。私は敏腕ディーラーではありませんが、外国人の間でも物怖じせず自分の意思を表現できますv-17鶏か卵議論ですが よくディーラー間で ’この仕事をしたお陰で これだけ気が強く相手と議論(言い争い)出来るような厚顔人間になってしまった’ OR ’そもそも 人並み以上に気が強く物怖じしない性格だったから この仕事に就いたんだ’と 議論したものでした(笑)お気軽にロンドンにいらして下さい。v-501
[ 2007/05/14 21:18 ] [ 編集 ]
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プロフィール

N20   (松崎美子)

Author:N20   (松崎美子)
東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18ヶ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年 シティーにある米系投資銀行に転職。肉体的・精神的に限界を感じ、2000年に退職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。たまたま英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。

口座残高ゼロ経験あり

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